innocency[作:YUKI(Sweet Yossweet)]


 その日はラジオの最後の収録だった。
 平家さんには抱えきれないくらいの花束が贈られた。
 嬉しそうに受け取っていたが、どこか淋しそうな平家さん……。
「じゃあ、これから打ち上げという事で、会場を取ってありますので……。」
 ディレクターさんの声に、スタッフの人たちは次々とスタジオを出てゆく。
 あたしは平家さんが持ち切れなかった分の花束を持った。
「ヨシ、あんたは飲んだらアカンで。」
「あたし、飲めないし、飲まないっスよ。」
「そか、イイコイイコ。」
 背伸びして頭を撫でてくれる。
 あたしはギュっと唇を噛んだ。
 泣いちゃいけない……。泣いちゃいけない……。

 ごっちんと圭ちゃんの娘。脱退が報道された直後、平家さんがハロプロを卒業するということを聞いた。
 信じられなかった。

   あたしのまわりから大好きな人が消えていく……。

 その現実を受け止めるまでに、かなりの時間がかかった。
 プッチの2人からは、かなり前にそっとオフレコで話を聞いていた。
 特にごっちんの口から脱退を告げられた時なんか、一晩中泣いてた。
 でも、それも今は気持ちの整理がついた……、と思っている。
 平家さんの事は、ずっと知らないままだった。
 たまに深い溜め息をついたり、ボーっとしてた事があったけど、今考えると卒業のことを考えてたのかなぁ、と淋しく思う。
 なんであたしに話してくれなかったの?
 平家さんは、あたしのこと、どう思ってたの?
「ほな、行くでー?」
 どうしてそんなに笑顔でいられるの?
 あたしは平家さんの花束を抱えたまま、とぼとぼと平家さんの後ろにくっついて歩いた。

 複雑な気持ちを抱えたまま、あたしたちは打ち上げの会場に着いた。
「えーと、皆さんビールいきわたりましたか?ほな、へーけさんからヒトコト言いますー。」
 会場からドッと笑いがおこる。
 あたしは平家さんの隣で、小さくなってジュースのコップを握りしめた。
「えーと、この仕事は平家にとって……。」
 平家さんがこのラジオについての思い出を語りはじめた。
 でも、あたしの耳には全く入ってこなかった。
 何も考えたくない。何も感じたくない。
 あとは、必死に涙が出てくるのをこらえるだけだった。
「そして、ここにいる吉澤がいたからでーあります!……ヨシ?おい、よっすぃー?」
 ハっとして顔をあげると、平家さんの演説はまだ続いていたようだった。
「なにボーッとしてんねん。ごとーじゃないんやから、ボーっとすんなや。」
 平家さんはニッと笑って、あたしの肩を叩いた。
「この番組のもう一人の主役、吉澤ひとみさんに、乾杯の音頭を取っていただきたいと思いますー。ほな、よし、立って。」
 あたしはソッと立ち上がり、静かにグラスを右手に持ち替えた。
「……かんぱい。」
 会場からはカンパーイ!の歓声が上がった。
  「みっちゃん、お疲れー!」
  「ハロプロ卒業おめでとうー!」
 スタッフの中には涙を浮かべている人もいた。
 でも、みんな晴れやかな笑顔でみっちゃんを囲んでいた。
 どうにも耐えられなくなったあたしは、そっと上座から部屋の隅へ移動した。
 マネージャーさんがそっとあたしに料理を手渡し、心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫っス。」
 あたしは料理を受け取ると、そのまま壁に向かってボーッとしていた。

「ヨシ、そんなトコで何してんの?」
 平家さんがあたしの様子を見に来た。
「なんか……。」
 それ以上、言葉にならなかった。
「なんや、暗いなぁ。ほら、おいで。」
 あたしは平家さんに引きづられるまま、関係者の方々に挨拶して回った。
 終始笑顔の平家さんに比べて、あたしはロボットのように機械的に挨拶し、機械的に笑った。

「ほな、そろそろオコチャマは寝る時間やさかい、吉澤連れて帰りますわ。皆さんでどうぞ盛り上がってください!」
 回りからは「みっちゃん帰るな」コールがかかったが、平家さんはペコリとお辞儀すると、あたしの手を取って会場から出た。
「ヨシ……、あんなー。んーと……。なんて言ったらええのかな。」
 平家さんに握られた左手が熱かった。
 あたしは平家さんの車の助手席に乗せられた。
 平家さんも黙って乗り込むと、キーをダッシュボードの上に置いた。
「……アタシやって、ほんまは卒業なんて、したない。」
 平家さんは、キュっと唇を噛みしめた。
「シャッフルや、コンサート、それからラジオ……。アタシな、そんだけで満足やったんやで?」
 何が?と言いかけた途端、平家さんの目から涙がこぼれた。
「でもな……。なんやろ……。大人の世界っちゅーのは、厳しいモンや……。」
 そっと涙を拭って、平家さんは言葉を続けた。
 あたしはじっとその言葉を聞いていた。
「アタシが頑張ったところで、どーにもならんモンって、あるんやな……。もぉな、こればっかりは、しゃーないわ。」
 ……あたしは堪え切れなくなって、泣いてしまった。
 何度も何度も袖で顔をゴシゴシと拭いた。
「ヨシ、ゴメンな。アリガトな。」
 とめどなく溢れるあたしの涙を、平家さんはハンカチで拭いてくれた。
 そして、運転席から身を乗り出して、助手席のあたしの頭を、そっと抱きかかえた。

「……あんな。たしかに卒業して、これまでみたいに会ったりとか、しづらいかも知れん。でもな、卒業は悲しいコトやけれども、メリットってモンもあんねんで。ヨシ、わかるか?」
 あたしは平家さんの胸の中で、そっと首を横に振った。
「ほな、発表します。」
 平家さんは大きく深呼吸してから、コホンと小さく咳払いをした。
「これまでは仕事上の付き合いってモンがあったかも知れんけど、もうな、そういうのんも全部ナシで、プライベートでヨシと向き合うことができんねん……。わかるか?」
 あたしは顔をあげて、平家さんを見つめた。
「……そんな目で見つめんなや……。へーけさん照れるやろ?」
 平家さんは、ハンカチを取り出して、あたしに手渡した。
 ハンカチも、平家さんの香りがした。ちょっとクラクラきてしまった……。
「あんなー。……今まではハロプロの先輩っていう立場やったけど、これからはフリーになるわけやんか。プライベートで本音出して付きあえる……。そうなったらええと思わん?」
「……付き合うって?」
 平家さんは姿勢を正して、あたしに向き直った。
「……ちゅーわけで、ヨシ、いや、よっすぃーさえよければ、アタシと付き合って欲しーねんけど……。ダメ?」
 平家さんは、ちょっと甘えた声でそう言った。
「……吉澤の気持ち、知ってるクセに……。」
「……知ってるよ。知ってるもーん。」
 平家さんはあたしの髪をクシャっと撫でた。
「……もう、先輩も後輩も関係なくなるから、平家さんにいっぱい甘えても……いいの?」
「今までやって、さんっざん甘えてたクセに、これ以上甘えようってわけかい!」
「うん。だって、これからは……。えへへ。」
 平家さんは「しょーがないなぁ。」と言いながら、ダッシュボードに置いたキーを差し込み、エンジンをかけた。

「よぉーし、どこ行く?」
「平家さん家っスよぉー!」
「え?これからアタシんトコ来る気!?」
「あったりまえっスよぉ。」
「……ヨシ、なんでそんなに急に元気に……。」
 だって、当たり前じゃん。
 平家さん、あたしの気持ち知ってるんでしょ?
 振り向いた平家さんに、あたしは助手席から身を乗り出して、そっとキスした。
「うわ、ヨシ、事故起こしたらどーする気や!もぉ。家に着いてからにしなさい。」
「……はぁい。」
 と言っても、ちょっと嬉しそうな平家さん。
 家に着くまで、あたしの理性がもつかなぁ。
 ………多分、もつまい……。


end



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