+1〜プラスワン〜


【1】

 「後藤さんって吉澤さんと付き合っているんですよね?」

 スタジオから楽屋への通路、スタッフに呼び止められメンバーの一団から遅れてしまい一人で歩く真希。
 廊下の隅から唐突に声を掛けて来た麻琴の声は妙に明るく晴れ晴れとしていた。
 「あ?ゴメン何…もっかい言ってくれる?」
 いきなりの事で麻琴の言葉がすんなりと頭に入ってこない。真希は聞き返した。
 麻琴が口を開き、再び言葉を発しようとしたちょうどその時、スタジオから若い女性ADが駆けてきて2人の横で立ち止まると勢いよく頭をさげながら、
「すみません後藤さん、もう一度スタジオにお願いしたいんですが…」
と、泣きそうな顔で捲し立てた。彼女のミスで真希のコメント部分だけを撮り直さなければならないという。
「小川、悪いけど話しあとでイイよね」
 そう言うと真希は麻琴の返事を待たずに彼女を通路に残したままADと共にスタジオに戻るため歩き出す。
 一人放置された格好の麻琴は、既に立ち去った真希に聞こえるハズもないのに「ハイ」と小さく頷いて逆方向…楽屋に向かい歩き始めた、上機嫌に鼻歌など歌いながら。
 通路の角を曲がる時、そんな麻琴の姿をチラと見やった真希は急ぎ足でADの後に続きながら先程の唐突な質問は聞き間違いではなかったのかと思い巡らしていた。


 麻琴が楽屋に戻ると、衣装のままの愛、あさ美、里沙が何かを囲んではしゃいでいるトコロだった。隣のテーブルでは亜依と希美がスナック菓子を広げて騒いでいる。
 他の先輩メンバー達の姿が見えないのは衣装から私服に着替えるために更衣室に行っているためだろう。今日使っているスタジオの更衣室は特別狭いという訳でもなかったが、さすがに13人が一度に着替えるにはお互い身体がぶつからぬよう気を使いながら動かなければならない。先に年長者が着替えるという事になったのだろう。
 「何見てるの?」
 麻琴は入り口に一番近い席に腰掛けていたあさ美に声をかけた。
 「ああ、まこっちゃんどこ行ってたの、遅かったね。」
 あさ美は質問には答えず皆が囲んでいる物が麻琴から見えるよう身を斜にして振り返った。
 「愛ちゃんたら吉澤さんの写真3枚も使ってるんだよぉ!」
 向こう側から腹ばいになり半ば机に乗りかかるような体制の里沙が頭だけを持ち上げて麻琴に声をかけてくる。
 3人が囲んでいたのは先日発売されたばかりの写真集だった。出演者がそれぞにカメラマンとなり、台紙に切り張りした写真に落書きのように思い思いの書き込みをした「手作り」と銘打った写真集。
 発売前に事務所からもらった時、麻琴は自分のページ、そして吉澤のページだけをチェックしてあとはパラパラとめくっただけで他のメンバーのページはまだじっくりと見ていなかった。
 里沙の言葉には応えずに麻琴はあさ美の隣に座っている愛の背後に立ち写真集をのぞき込む。
 「あれぇ、原稿見せてくれたときは2枚だったよね。だから私も2枚にしたのになー」
 麻琴は少しからかうような調子で横から首を捻って愛の顔をのぞき込む、愛は妙にあわてた様子だ。
 「いやぁ、スペースあまったからさ。その、吉澤さんの写真なんかいっぱいあったし…」
 「別にいいんじゃないの?愛ちゃん前から『吉澤さんに憧れてますう』トカ言ってたんだし」
 麻琴がちゃかすような声で言いながら机を回り込み里沙の隣に腰掛けるとスナック菓子を抱えた希美と亜依が4人のいるテーブルに近づいて来た。
 「ウチもよっすぃーの写真3枚使こてるで、1枚は後ろ姿やけどね」
 亜依は手にしたスナック菓子を写真集の横に置いて手振りで4人に勧めるとそのまま手を伸ばして自分のページをめくり指さしながら「1,2,3」と数えてみせた。
 「あのねー、つじもいっぱいよっすぃーなんです。カッコ良いって書いたしねー」
 亜依の置いたスナック菓子を一つつまんで口に放り込んでから希美も楽しそうに自分のページを句って見せる。
 それから、話題はその場にいるメンバーそれぞれの写真映りの善し悪しに移っていき写真の数の多少に関する話題はすっかり忘れ去られたようだった。しかし、ひとり愛だけは麻琴に対して抜け駆けしたような形になったことを気にしている様子を隠さない。
 そんな愛の様子を誰も気に留めてはいなかったが、麻琴だけが時折チラリと視線を向けている。そうして愛の視線とぶつかるとニっと軽く笑ってみせる、そんな麻琴の表情にやっと愛は少しだけ肩の力が抜けてようやく仲間達の会話に混ざり込んでいった。
 一方の麻琴はといえば「抜け駆けは愛ちゃんだけじゃないもんね」と心の中で小さく舌を出していた。


 そうこうしているうち着替えを済ませた圭と梨華が楽屋に戻って来た。
 「ほら、アンタたち!みんなもう戻ってくるから着替えておいで…って、あれ後藤は?まだ戻ってないの?」
 スタジオを出る際、スタッフに声を掛けられている場面は目撃していたが、それほど時間がかかる話しでもなさそうだったのに、と圭が怪訝そうな顔で楽屋の中を見回す。
 すかさず、希美と亜依のゴールデンコンビが
「シワ寄ってるぅ〜、保田のばあちゃんだ!」と自分たちの眉間を指さしながらふざけ始めた。
 イタズラ大魔神's対保田大明神、すっかり2人組に遊ばれている圭には聞こえないかもと思いながらも麻琴は立ち上がり梨華の側まで移動すると通路でADに呼び止められスタジオに戻っている真希の事情を伝えた。
 案の定、圭はそんな麻琴の言葉など聞いておらず机の向こう側に回り込んだ2人組を追いかけていく。
 「あ、小川。さっきよっすぃーが探してたよ…?」
 亜依たちを追い回すのに忙しい圭の姿をしばし笑いながら見ていた梨華が思い出したように麻琴に話しかけてきた。
 梨華の声の調子はひとみが自分を探していた事実を伝えるというよりも、『何かあるの?』という意味合いが強いように麻琴には感じられる。
 最近はすっかり圭に懐いている様子の梨華だったが、ひとみに対しては未だ特別な視線を向けているのはメンバー内でも認知されている事だった。五期メンバー内でも何度となく話の種になっている。
 「あー、あの事かなぁ」
 麻琴は、ちょっとだけ意地悪な気分になって小さな声で、しかし梨華に聞こえるよう思わせぶりに呟いて見せる。
 眉を八の字に下げて困惑したような表情を浮かべている梨華を見て、麻琴は内心悪いことしちゃったかな…とほんの少しだけ反省した。心の動揺がすぐに顔に出るこの先輩を前にするとついからかってみたくなる麻琴だった。

【2】


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