+1〜the polar star〜
【3】
「お待たせしましたぁ」
ひとみに告白した日と同じように、少しだけ麻琴は遅れて約束のハンズ前へやって来た。やはり、走ってきた様子で荒い息を整えるように片手で胸を押さえるしぐさもあの日と同じ。
そんな麻琴にひとみは優しく笑いかける。
「全然待ってないよ、ごっちんなんかいっつも30分は遅れてくるもん。小川の遅刻なんてかわいいもんだよ」
二人並んで歩き出すと麻琴はひとみを見上げながら少し躊躇いがちに手を差し出した。
「手つないで歩いてもいいですか?」
ひとみは麻琴の言葉に笑顔を向けながらも首を横に振る。
「ゴメン、手は…繋げないなぁ。はぐれそうだったら腕に捕まるといいよ」
そう言ってGパンのポケットに手をつこんだまま、麻琴の方に肘を差し出すように肩を突出した。
真希と付き合ってからというもの、どんなオンナノコと遊びに行っても手を繋いで歩いたことだけはない。相手から腕を組んでくれば拒まないが、手を繋ぎたいと言われてもやんわりと断ってきた。
真希の好きな「手を握りあって歩く」という行為を他のオンナノコとはしない、それだけはお気楽でいい加減ながら、ひとみなりのこだわりだった。
「で、どこ行きたいの?映画それか買い物とか?あぁ何か目的があるから池袋?」
「あ、あのぉプラネタリウム!…いいですよね。」
麻琴はサンシャインシティの方を指さしながら小首を傾げてひとみを見上げる。ひとみも麻琴の指す方向を見やって軽く頷く。
どちらにしろ、今日は麻琴の気の済むように付き合う約束なのだから。
「あー、でもアタシお腹減ったなぁ、小川もお昼まだでしょ?何か食べてからにしよ。腹ごしらえして、それからプラネタリウムってことで。」
二人はそのままサンシャインへ向かい、その中にあるイタリア料理の店で食事をすることにした。
ファーストフードでいいという麻琴に胸をたたいて「任せなさい」のポーズでおどけて見せるひとみ。
「別にみんなが言うほどケチじゃないんだぞぉ、コンビニとかで無駄な物買わないだけなんだけどな…」
野菜のピッツァをほお張りながら、肩をすくめて見せる。
デザートのモカアイスの包み上げまでしっかり堪能した二人は店をでると最上階にプラネタリウムのある隣の建物へと移動した。
途中ゲームセンターに寄りプリクラを撮ってみたりと一般的なデートらしい事もしてみた。
ひとみがもう一度デートの定番とも言える映画館にも誘ってみたが、やはり麻琴はどうしてもプラネタリウムに行きたいと譲らない。
エレベータを降りてプラネタリウムに向かう途中でひとみが今度は水族館に誘ってみたが、やはり麻琴の決意は固かった。
「なんで、プラネタリウムなわけ?」
チケットを買い館内に入って適当な席に着くとひとみは麻琴に尋ねた。
別にプラネタリウムが嫌なワケではないが、麻琴がそこまでこだわる理由が知りたかった。
「もうすぐ、七夕じゃないですか。去年の七夕の時は新潟で星見ながら『モーニング娘。になれますように』って願い事したんです。今年は東京で、あんまり星見えないし…」
忙しさに紛れているとはいえ地元を離れての東京暮らし、やはり淋しいのだろう。
麻琴だけではない、愛もあさ美も…そういえば亜依だって、まだ子供なのに。
自分は遠いとは言え、自宅からなんとか通っているのだからマシな方なのだろう、とひとみは思った。
麻琴の地元の話しなど聞いているうちに、場内が暗くなり上演が始まると二人ともシートに身を預けて静かに人工の星空を見上げる。
しばらく、ナレーションに耳を傾けていたひとみだが辺りの暗さと適度に傾いたシートの心地よさに日頃の疲れから急激に襲って来た睡魔には抗うことができない。
すっかり眠り込んでしまったひとみの隣で、いつの間にか麻琴もうつらうつらとし始める。その内にひとみに肩によりかかったまま、深い眠りに落ちていった。
よりかかっていた体制から頭がぐらりと揺れて、麻琴は目を覚ます。隣を見ると、ひとみはまだ眠ったままだ。目を閉じたひとみの長いまつ毛が妙に色っぽい。
ふいにイタズラ心が浮かんで麻琴はそっとひとみの頬に唇を寄せた。ほんの少し掠めるようなキス。
ほっぺにチューなんて、娘。のメンバー間では当たり前の事。加入当初は先輩たちの、その行動にドギマギしていたものだが、今では麻琴たち五期メンバーも慣れてしまっている。それでも、やはり好きな人にするキスは特別なものだ。
頬に軽い刺激を受けて、ひとみも目を覚ます。麻琴はドキドキしながら、ひとみの顔を見ていたが全く気づいていない様子にホッとする反面、少しだけ残念な気持ちになる。
後藤さん、吉澤さん、ごめんなさい。
心の中で大好きな二人の先輩に謝りながら、へへっとイタズラっぽく笑って見せた。
「何?あー、寝ちゃってたんだ。アタシよだれでも垂らしてた?」
麻琴が笑っているので、急に気になりだして口元を手で拭う仕草をするひとみ。
ちょうど、プログラムが終了して館内に明かりが灯る。
「何か全然見れなかったよ、小川は起きてた?」
「半分くらい…後半は私も寝ちゃいました」
あはは、と笑いあってプラネタリウムを後にする。
建物を出るとすっかり陽が傾いている。
「午後の時間が知らないうちに消えたみたい…ちょっと寝すぎだね」
と腕時計を確認してひとみが笑う。
「でも、楽しかったです」
「ああ、小川は少しは見れたんだっけ、どうだった?」
「星にまつわるお話ってロマンティックですよね」
来たときと同じようにひとみの腕に手をかけて歩きながら眠ってしまう前に聞いたナレーションを思い出していた。
「ちょうど、七夕の時期だから織姫星と彦星のお話とか…」
ふうん…と、相づちを返すひとみ。
「吉澤さんの織姫星はやっぱり後藤さんですよね」
嫌みでも何でもなく、そうだったらいいなと思った通りに口にする。
しかし、ひとみはそれにすぐには返事せずに少し考えてからポツポツと言葉を選ぶように話し始めた。
「ごっちんはぁ、アタシにとっては織姫星じゃなくて…北極星、かな」
「北極星…ですか?」
麻琴は、なんだかあまりロマンティックじゃないなぁと少し残念な気持ちになる。
「何があっても、いつでも同じ場所にあってさ、それを見つけられさえすれば自分がどっち向いてるか解るじゃん、北極星って。全部の星が北極星を中心にグルグル回ってんの、ごっちんはいつもアタシの中心にいるからさ」
へへ、と少し照れたように笑うひとみ。
「あ、ごっちんには内緒だからね。恥ずかしいから絶対に言うなよぉ」
「言ってあげたらいいのに、絶対に後藤さん喜ぶと思いますよ」
麻琴がそう言っても、ひとみは恥ずかしいの一点張り。なおも食い下がる麻琴に『そのうちね』とお茶を濁す。
駅に着くと家まで送っていくというひとみを断って、麻琴は一人電車に乗った。
もう真希の仕事も終わる頃、きっとこの後ひとみは迎えに行くのだろう。
「1年に1回しか会えない織姫星は私か…」
解っているのに、無性に寂しい気持ち。
先程、ひとみには話さなかったプラネタリウムのナレーションの続きを思い出す。
『全く動かないように見える北極星も僅かずつ動いています』
「1万2千年後には織姫星が北極星になるんだって…」
いつか自分を北極星だと言ってくれる人に出会えるかな…その人と自分はひとみと真希のようにお互い掛け替えのない存在になれるだろうか。
電車の窓から空を見上げる、夏の夕暮れと言うにはまだ明るい空に天の川が見えた気がして麻琴は小さく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
ひとみは急ぎ足で事務所に向かう途中、交差点の向こう側の人波に真希の姿を見つける。
人込みの中で大声で呼ぶわけにもいかず信号が変わるのをイライラしながら待っていると真希の方もひとみを見つけ小さく胸元で手を振る。
信号が青になると、真希は飛び跳ねるようにひとみに駆けよって躊躇なく手を繋いだ。
「ごっちん、普段ぼーっとしてるのに、あんな遠くからよく解ったね」
「わかるよぉ、よしこだったら100メートル先からでもわかりまーす。それより、行き違いになったら困るから電話してくれればいいのに」
「ごっちんのスケジュールはちゃんと把握してまーす」
自分の口調を真似ておどけて見せるひとみに笑いながら真希は思い出したようにたずねる。
「ちゃんと小川にご馳走してあげた?」
「うん、イタリアン食べて、プラネタリウム行った。」
ひとみは今日の麻琴との「デート」をかいつまんで真希に話す。
「プラネタリウムって、暗いところに連れ込んで変なことしてないでしょうね。」
「ひっどいなぁ、そんなんするわけないじゃん。なんか妹いたら、あんな感じかなって思ったよ」
「あたしも行ってみたいなプラネタリウム、今度一緒に行こうよ」
「そん時は変なことしてもいい?」
グッと顔を近づけて囁くひとみを照れかくしで『そんな事ばっかり言って!』と押し戻す。
その時、真希はひとみの頬に微かに残ったリップグロスの後を見つける。
「ちょっと、これ何?」
急に不機嫌になった真希に訳がわからないひとみは、指摘された頬を指で拭う。
眠っている間に麻琴がつけたリップグロスにようやく気づく。
繋いでいた手を振りほどいてズンズン先へ行ってしまう真希を、あわてて追いかける。
「小川ぁ…覚えてろよ!」
人込みに紛れそうになる真希の後を必死で追いかけながら、それでもひとみの顔には微笑みが浮かんでいる。
「絶対に見失ったりしないよ、ごっちんはあたしの北極星なんだから。」
→end