+1〜the polar star〜


【2】

 「アタシは何もしてない…なにもしてない。まだ、なにも…」

 ひとみは自分に言い聞かせるように呟きながら、意を決してドアを大きく開け中に入っていく。
 しかし、すぐに真希たちの側に行くこともできず、入り口近くで所在なげに立ち尽くしてしまう。

 「よぉ〜しぃ〜こぉ〜」

 真希の妙に優しい声、しかし有無を言わせぬような声が響く。楽屋の中には真希と麻琴の他に、先に戻った圭織、みなと同じように出番待ちのあさ美。
 とりあえず、自分たちの事情を知らないあさ美がいることで、ひとみは胸をなで下ろした。
 何も知らないあさ美の前でいきなり浮気云々を言いだすこともないだろう…と一息つく。

 ひとみがおずおずと真希の側へ近づくと、真希は目の前のメモ用紙を手に高く掲げて、今度は少しトゲのある声を発した。

 「カオリぃー?」

 語尾が上がっている。呼ばれた圭織は真希の手にしたメモに気づくとアタフタと立ち上がって一瞬だけひとみを見た。
 助けを求めるようなひとみの視線に気づかぬふりで、あさ美に近づき腕を取って立ち上がらせる。

 「紺野、カオがジュースご馳走してあげるから…行こ!」

 「はい?…あのぉ私だけですか?」

 なにが起きたのか、楽屋の中でただ一人理解していないあさ美だが、リーダーの申し出を断ることもできず、先程のひとみと同じように引きずられていく。
 二人が出て行き、楽屋には張り詰めた空気とそれぞれニュアンスの違う笑顔の三人が残された。
 
 「で?電話するつもり?」

 いきなり、真希が問い詰める。顔は笑っているが目は笑っていない。
 ひとみは取り繕うような笑顔から少し険しい顔になり麻琴を睨むがニコニコといつも通りの笑を浮かべている顔を見ると、その険しい顔もいつまでも続かない。
 どうも、ひとみは麻琴にはペースを乱されてばかりいる。
 この間、真希と付き合ったままでいいと告白された後、いつの間にか真希とも仲良くなっていた麻琴。まあ、その前に真希とひとみの間で一悶着あったのだが、それはまた別の話し…。

 「なんのこと?」

 とりあえず、いつものパターンでとぼけて見せる。圭織との会話のどこまでを麻琴が聞いていたのか解らないので、もしかしたら白を切り通せるかもしれない…と甘い考えはいつもの事だ。

 「掛け持ちなんてワケないんだってねぇ〜?」

 再び麻琴に目をやる、先程よりも更に笑顔がはじけそうな表情。ひとみは額に手をやって頭を垂れる他にすることを思いつかない。

 「あのさ、小川…」

 「はい、全部聞いちゃいました。」

 …で、全部ごっちんにバラしちゃった、と。
 こうなるともう誤魔化しようがない。
 ひとみは背中からイヤな汗が吹き出すのを感じて引きつった笑いで真希を見た。
 相変わらず、目だけが笑っていない笑顔。マズイ、ごっちんマジで怒ってる…そう感じてひとみはテーブルに両手を突いて頭をこすりつけるように下げる。

 「ごめんなさい」

 まだなにもしてないのに…と半分その気になって掛け持ちなど訳ないと言った、実際言ったのは圭織なのだが流されて同意してしまった自分の言動のことはすっかり忘れている。
 それでも、追い込まれた時にはひたすら謝るしかないと経験上知っているひとみ。
 普段は真希以外の人間がいる前で情けない姿を晒すことなどしないが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 「じゃ、このメモはいらないね。」

 見せつけるようにひとみの目の前でメモを細かくちぎる真希。1枚が2枚、2枚が4枚…。

 「あ…!」

 思わず、もったいない!と思う気持ちが声になってしまうひとみ。
 すかさず、真希に睨まれる。

 「なんでも…アリマセエン」

 粉々になったメモの紙吹雪をパッとひとみの頭上に散らして真希は満足そうに頷いた。

 「小川、ありがとね。また、よしこがオイタしてたら教えてねー」

 「はい、吉澤さんには後藤さん。これで決まりですから!」

 いつの間にか仲がいいだけでなくすっかり同盟でも組んでいるような彼女たち。元々、真希には頭が上がらないというのに小姑のような麻琴が加わっては、ひとみに勝ち目など初めからあるはずもない。

 「なんか、お礼しないといけないね。小川なにがいい?」

 すっかりうなだれているひとみを他所にしてやったりという顔の真希は上機嫌で麻琴に向き直る。
 お礼と言われ、麻琴の方はすかさず口を開いた。最初から、そのつもりで真希に告げ口したのかもしれない、と思わせる素早さだ。

 「あの、今度のオフの日に吉澤さんとデートしていいですか?」

 「えっ?」

 「ほえっ?」

 真希とひとみがほぼ同時に驚きの声を上げる。
 しかし、その表情は二人対照的、困った顔の真希とにんまりしたり顔になっているひとみ。

 「あのねー、小川。アタシだってたまのオフくらい恋人とデートしたいワケよ。何か他のことじゃダメ?」

 「でも、その日後藤さん仕事入ってますよ」

 「えー、うっそぉー!?」

 二人のやり取りを他所にひとみは自分のバッグを引き寄せて手帳を取り出しスケジュールを確認している。

 「あ、本当だ。ウチら休みだけど、ごっちん夕方まで撮影入ってるじゃん。」

 「ですよね。もちろん後藤さんもオフならこんなお願いしませんよぉ。ね、いいですよね、後藤さん。」

 麻琴の甘えるようなお願いにしばし頭の中で計算する真希。自分のいないオフの間ひとみを一人で放っておくのも心配だ。そこへ行くと、本人には悪いが安全牌とも言える麻琴と一緒にしておけばひとみの悪いクセが出ることもないだろう…。

 「よし、じゃあ特別だよ。今回はよしこのペナルティだから思いっきり高いモンご馳走してもらいなよ」

 「やったぁー!後藤さん大好きぃ」

 ひとみとデートしたいと言っておきながら、真希に抱く付く麻琴。ひとみと真希はそんな子供っぽい麻琴の行動に顔を見合わせて軽く笑いあった。
 その真希の笑顔を見たひとみは、アヤカの件はうやむやになったと安心していたが、その日の夜二人きりになったところで散々説教されたのは言うまでもない…。

【3】


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